2009年07月の日記

車山は火山です
 車山は諏訪市と茅野市との境にある山で、標高は1,925mの休火山です。大門峠から車山乗越、殿城分岐、山彦尾根、北の耳、男女倉山、鷲ヶ峰、和田峠の北側が小県郡長和町です。ちなみに和田峠の東側、和田宿から笠取峠を境にする長久保宿まで、かつては天領でした。
 江戸時代、小諸城跡のある小諸市を中心に領地のあった小諸藩は、年代ごとにその支配領が異なり、天領、旗本領、岩村田藩などの他藩と入り組み極めて複雑でした。
 車山は諏訪湖の北東にあたりますが、約170万年前から現在までの第四紀火山です。地球表面で最も一般的に見られる流動性の高い玄武岩質の溶岩が積み重なっている傾斜のゆるい楯状火山体です。楯状とは、楯を寝かせた緩やかな山稜を形容します。
 第三紀火山と第四紀火山の違いですが、第三紀火山は約 6,500〜170万年前の火山、第四紀火山は170万年前から現在までの火山です。単に火山と言う場合は第四紀の火山を指すことになります。第三紀の火山の場合、生成してから寿命を終え、その後の長い年月は浸食をよび、火山の元々の形体を失っています。火山の断面やごく一部のみが、観察できるだけです。第四紀火山の場合は、現代にも成形時の火山の地形体がよく保存され、現代でも容易に観察目視でき、その一部は現在でも活発に活動しているからです。
(2009.7.31[Fri])

和田峠分水嶺(ぶんすいれい)
 貝原益軒の紀行文に、和田峠越えを『三月末(今の五月上旬)まで峰に雪おほし。路にもなほ残れり』と記しています。
 和田峠から東は大門峠、北は扉峠と分水嶺の尾根道が非常に古くから山道として確立していたようです。それは和田峠とその周辺で産出する黒曜石の搬出ルートにもなっていました。
 ただ扉峠【標高】1,660mは、分水嶺ではないようです。ヤテイ倉沢、小滝沢などは信濃川水系です。
三峰山【標高】1,887m信濃川水系仙ノウ沢〜天竜川水系砥沢、砥川
和田峠【標高】1,531m信濃川水系和田川〜天竜川水系砥川
鷲ヶ峰【標高】1,778m信濃川水系男女倉川〜天竜川水系東俣川
車山【標高】1,925m信濃川水系大門川〜天竜川水系中笹川、音無川
大門峠【標高】1,442m信濃川水系大門川〜天竜川水系音無川
八島湿原【標高】1,630mは分水界、信濃川水系本沢、男女倉川〜天竜川水系観音沢、東俣川
(2009.7.29[Wed])

車山展望リフト
レア・メモリーから車山展望リフトまで徒歩で3分です。日本でも有数な山岳風景が堪能できる標高1,925mの車山山頂まで、2本の4人乗りリフトを乗り継いで約15分です。上りは高山植物が織りなす車山高原の風景を楽しみ、流れるリフトの足元の草花は、その予備知識として、遊歩道沿いに咲く花々を知る絶好の機会となります。山頂下りは白樺湖を眼下にして、蓼科山などの八ヶ岳や富士山、南アルプスなどを見晴らす雄大なパノラマが満喫できます。

車山高原山麓−車山山頂(スカイライナー・スカイパノラマ乗継ぎ) 所要時間約15分869m
☆大人往復 ; 1,700円  片道 ; 1,000円 
☆小人往復 ; 1,000円  片道 ; 600円
ファミリー割引について
•対象期間:2009年7月25日(土)〜8月31日(月)
•展望リフト往復ご利用される小人のいるご家族が対象です。
•割引内容:小人の山頂往復券が定価の半額500円となります。

早朝・延長運転期間:7月18日(土)〜8月23日(日)
スカイライナー;山麓乗車;7:30〜17:30⇒山頂乗車;下り最終17:50
スカイパノラマ;山麓乗車;7:45〜17:15⇒山頂乗車;下り最終17:30
山頂往復の場合 No.1リフト山麓最終乗車は、17:00です。
(2009.7.28[Tue])

ウスユキソウ(薄雪草)
はじめは黄緑色で次第に薄い黄色に変わる小さな花を、白い綿毛のついた葉の上にいくつかつけます。茎の高さは25〜55cmぐらいで、葉は細長い笹のようで、葉裏は灰白色の綿毛におおわれています。
ウスユキソウは、頭花を囲む包葉が白い綿毛をつけ、薄く積もった雪のように見えることからたとえられました。そのほとんどが中央アジア、ヒマラヤにあるといわれています。近縁種のエーデルワイスは「高貴な白」という意味で、「アルプスの永久花」という別名でも知られています。同じキク科の多年草です。
本州中部の山地の乾燥した草地や礫地に生え、車山では咲き始めの7月末頃が一番綺麗です。車山では頂上付近の沢沿いの岩場でよく見かけます。また殿城分岐から男女倉山へ向う山彦尾根の遊歩道沿いの平場に、小さな群落をいくつも作っています。
(2009.7.27[Mon])

車山乗越
 車山山頂から車山湿原の方へ下った所に、2つ大きな岩・夫婦岩があります。ニッコウキスゲの知られざる群生地です。ここ周辺が車山乗越で霧ヶ峰の中心的な岐路となります。東に向えば、車山高原から蓼科山を見ながら白樺湖へ下ります。西に進めば車山湿原で、もう直ぐ赤い花序が美しいシモツケソウが群生します。その先が、今やニッコウキスゲが最盛期の車山肩ビーナスの丘が、遠目からも一段と濃い黄色い帯びに見えます。更にゴマ石山を越えれば強清水です。
 車山湿原からは、北西に緑野が目映い丘、蝶々深山があり、物見岩へ通じ、八島湿原に出られます。途中、鷲ヶ峰、鉢伏山、三峰山などの姿のいい山々が目の保養になります。そして青空の下、広々とした高燥台地・美ヶ原が望まれます。
 車山乗越の北側のニッコウキスゲが黄色く輝く丘が、樺の丘です。北に進めばダケカンバが茂る殿城山へ、北西にすすむと木立が殆どない緑野が広がり、今は丁度ウスユキソウの季節、道々感動の多い散策道となります。その先が山彦尾根で、更に姿が得意な南の耳、北の耳へと通じ、男女倉山が最後の峰筋で、そこから見下ろす八島湿原は、穏やかな池のたたずまいとなって鳥瞰させてくれます。ちょっと急な斜面ですが、間もなく奥霧の小屋へ下りられます。
2009.7.26[Sun]

ハナチダケサシ(花乳茸刺)
 ユキノシタ科アスチルベ属、一見地味で、それほど大群生をすることもなく、それでも草原を歩けば、頻繁に出合い結構目立つ花序ですが、それを構成する一つ一つの花は小さく白いのです。
「アスチルベ」の語源は、ギリシャ語からきていて、「a」(〜がない)と「stilbe」(輝き)とが合成して「輝きがない」と言う意味です。花言葉は、「恋の訪れ」でありながら、「輝きがない」が語源とは?
日本では「乳茸刺」(チダケサシ)とも呼ばれています。「乳茸」は、特に栃木県人にとって、お好みの夏のキノコなのです。お盆の時期になると、このキノコを求めて半狂乱になるとも言われています。
「乳茸」の料理法については、代表的なのが茄子との油炒めで、豚小間を入れると一段と美味しくなります。ダシ汁に醤油を加えた「乳茸汁」、更に煮たものをテンプラにすると濃厚な旨みが出ます。
乳茸はとても美味しい茸です。明るい茶色の茸で、折ると乳白色の乳が溢れ出し、べたべたするし、匂いはきついので、それで手を汚したくなく、「アスチルベ」の茎を串のようにして刺して運ぶことから 「乳茸刺」という呼び名になりました。
栃木県では松茸に次いで珍重され、7月から8月にかけて、会津街道沿いにずらりと並ぶ露店のチダケ売りは夏の風物詩になっています。袋入りの乾燥品も売られています。ハナと付いていますが、付いていないチダケサシの方が花は華やかです。
2009.7.25[Sat]

車山肩が一年中で最高の日
 今年のニッコウキスゲは、車山の麓の方から白樺湖にかけて、花数が極めて少なかった、鹿の食害と考えられます。中腹から山頂辺りは、例年並みに豊富でしたが、山頂の西側は近年にない密な群生と広がりがあります。特に車山肩へ下る周辺は見事というしかありません。
 道々、ウスユキソウの岩場の叢生と、ニッコウキスゲの黄色の花の大群落に、薄紅紫のハクサンフウロが点在する景色は、この時季、この瞬間だけ許されています。
 車山肩に近づくと、再び、足元周囲一帯が一面のニッコウキスゲで黄色く染っています。前方のビーナスの丘を見れば、一段と濃く染まり、ゴマ石山の山頂、標高1,756mまで、緑の草原風景のなかに一際浮き上がって見えます。ゴマ石山から園地へ下り強清水に至る所要時間は70分ぐらいです。ただ強清水周辺では、ニッコウキスゲが散見されるだけでした。
(2009.7.24[Fri])

車山の山頂
 車山の山頂こそ、現在ニッコウキスゲが満開です。車山気象レーダー観測所の霧ヶ峰寄りが見事の一言に尽きます。ここから車山肩まで、広大無限に一面黄色い花でおおい尽くされます。遠く眺める霧ヶ峰のビーナスライン沿いのニッコウキスゲも、伸びやかな広がりのある光景です。
 遊歩道沿いには、ハナチダケサシ(花乳茸刺)の小群落も、各所で見ることができます。散策グループの方で、シモツケソウと言う人もいましたが、一見、白花シモツケのように見えるからです。
 野鳥では、ノビタキが盛んに囀っています。道沿いの潅木の小枝を揺らしながら、「ヒーヒョーヒョーロリー」と、実に澄んだ甲高い声です。ニッコウキスゲの草むらに巣があるそうです。
 車山のリゾートイン・レアメモリーから、車山展望リフト乗り場まで、徒歩で3分ですから、レアメモリーの駐車場に車を置いて、ゆっくりお出掛け下さい。
(2009.7.23[Thu])

八島湿原
 標高1,540m〜1,925m、長野県のほぼ中央、3,000ヘクタールの大草原が広がる霧ヶ峰高原の北西部に位置する八島湿原一帯は、古くは霧ケ峰奥野ともいわれその標高1,647mです。日本を代表する高層湿原である八島ヶ原湿原は、その重要性を早くから認められ、昭和14年 (1939年)に国の天然記念物の指定を受けました。また国の文化財としても登録され、国定公園内の特別保護地区にもなっています。
 12.000年の歴史を持つミズゴケ湿原ともいわれる、本州ではもっとも古いとされています。世界的にも貴重な日本最南の高層湿原でもあります。その主役ミズゴケの種類は18種にのぼり、総面積は43.2ヘクタール、泥炭層は8.05mに達しています。近年、八島ヶ原湿原は周辺の森林化や降雨量の減少などに伴い乾燥化が進んでいます。八島ヶ池の島々は、以前、水面に浮かんでいました。近年、水位の低下で、池の底で根付いています。
八島湿原は、国の天然記念物指定の3大湿原の1つです。あと2つは、池のくるみの踊り場湿原、車山の北西にある車山湿原です。南北620m、東西1,050mの卵形をしていて、西側に八島ヶ池、東側に鎌ヶ池があり、その中間に鬼ヶ泉水と呼ばれる池があります。
 高層湿原とは、標高の高い所にあるという意味ではなく、ミズゴケを主とする200種類以上の植物が、枯れても腐植土とならずに堆積し、泥炭化し、植物が上へ上へと生長して全体が水面よりも高く盛り上がったものを言います。
 1年に約1mmの割合で発達します。八島湿原一周は約3.7km、90分、散策コースとして遊歩道も整備されています。車山山頂から八島ヶ原湿原へのトレッキングコースは、物見岩を通って約3時間位です。ゆるやかなアスピーテ火山帯のなごりの草原を雄大な自然に触れ、高山植物を見ながら散策出来ます。
 八島湿原は、八島高層湿原を中心にして鷲ヶ峰、大笹峰、蝶々深山、丸山に囲まれた一帯を言います。数多くの高山植物が一斉に咲き乱れる夏は圧巻です。
(2009.7.22[Wed])

男女倉山にて
 男女倉(おめくら)山は、標高1,776mで、霧ヶ峰高原の他の山と同様、起伏の少ない穏やかな山容で、ピークも平坦で広い。山名は北麓の和田峠手前の男女倉地籍から付けられたと思われるが、奇妙にも「ゼブラ山」と呼ぶ人がいる。
 旧和田村の長和町の男女倉地籍から南に続く尾根のピークは、霧ヶ峰高原の北端にあたり、男女倉山頂は茅野市との境となっている。
 昭和30年代までは、諏訪から沢渡に登り、霧ヶ峰奥野にあたる旧御射山から八島湿原の北側を通り、男女倉道を通って和田村へ出た。急峻な和田峠を越えずにすむ近道で、通行も今では考えられないくらい多かったという。
 山頂付近は、草原で立木は無く展望はいい。ここから眺める三峰山と美ヶ原は美しい。北アルプスの奥穂高岳、槍ヶ岳、常念岳から鹿島槍ヶ岳の稜線が、青空の下に姿を現していた。
 山頂から見下ろす八島湿原のたたずまいがいい。
(2009.7.21[Tue])

車山気象レーダー観測所
 レーダーとは、「電波を使って目標の存在を探知し、その距離を測る装置」という意味です。レーダーの電波は空中を直進するため、進路上に山などの障害物があるとその裏側には届きません。そのため、わが国は山が多いため、レーダーの設置場所により、その観測範囲が、それぞれの周辺地形の影響を受けます。また、地球は球面であるため、遠距離では電波が、観測対象の雲や雨などの上空を通過してしまうため、可能な限り遠くまで観測するために、レーダーを車山のような独立峰的な高い山の上や鉄塔の上などに設置するのです。また気象レーダー観測所は通常無人です。かつての富士山の観測所とは違い、観測所の機器は、東京大手町の東京管区気象台で遠隔操作されます。また高度が高いだけが条件ではなく、機材を運搬し易い事も、設置場所の選定の決め手になります。気象庁では、わが国の国土のほぼ全域をカバーするようにレーダーを配置しています。
 車山気象レーダー観測所の直径4mのアンテナは、1分間に4回転しながら、1秒間に260回という規則的な間隔で電波を発射し、雨や雪などの粒に反射させ、戻ってきた電波を受信するという動作を繰り返して、戻ってくるまでの時間を測ることで目標までの距離を計算します。 また、アンテナの向きから方角が分かるので、目標の位置が定まり、はね返って来た電波の強さから、雨や雪の程度を推定します。
 車山気象レーダー観測所で観測されたデータは、気象庁に送られます。気象庁では、全国にある気象レーダーで観測されたデータを合成します。この合成した図が、テレビなどで見るレーダー画像になります。アンテナは、「レドーム」と呼ばれる球形の覆いで、厳しい風雨から守られています。
(2009.7.17[Fri])

車山
 蓼科山・八ヶ岳も火山列でありますが、 霧ヶ峰連峰の火山群の活動も活発でした。第三紀鮮新世(700万〜200万年前)末期から第四紀更新世前期(約140万年前)にかけて活動した古期の火山活動は、火砕流を主体として溶岩流(安山岩)を伴いながら、現在の諏訪盆地を埋め尽くすほどの多量の火山砕せつ岩類(狭義の塩嶺累層)を噴出しました。その後も諏訪盆地は、糸魚川−静岡構造線の活動により沈降を続け、だんだん現在の盆地を形成するようになりました。
 その後の霧ヶ峰火山群の活動は、車山、鷲ヶ峰、三峰山などが中心で、火砕流から溶岩流を主体とした活動に変わってきました。第四期更新世前期(今から130万年前から60万年前にかけて)が最も盛んでした。この新期の火山活動は、北西の三峰山地域から始まり、北東の虫倉山、南東の八子ヶ峰などで、安山岩を主とした噴出物を堆積させました。そして、虫倉山の南南西と八子ヶ峰の北北東側では断層活動が起こり、鷹山断層、八子ヶ峰断層が生じました。この二つの断層に挟まれた谷は、いわゆる火山性地溝と呼ばれるもので、今日の大門街道とほぼ一致しています。そして最後の火山活動は、三峰から始まり、和田峠、鷲ヶ峰、霧ヶ峰高原の順で活動し、最後に車山の活動で、その何百万年と続いた霧ヶ峰火山群の活動も、ようやく終息しました。
その間、和田峠の南南東では角閃石安山岩を主体とした噴出活動が起こり、鷲ヶ峰を形成しました。また、霧ヶ峰高原南西麓の諏訪市福沢山から唐沢山で、諏訪鉄平石と呼ばれ、よく敷石に利用されているかんらん石輝石安山岩が噴出しました。
 霧ヶ峰の火山活動では、流動性に富む角閃石輝石安山岩を主体とした溶岩が広域に分布し、現在の高原台地を形成しました。
霧ヶ峰火山群の活動の末期には、粘性の増したかんらん石輝石安山岩を噴出させ、車山山頂部を形成しました。車山に鉄平石が多いのは、そのためです。山頂の南側には、最末期の活動による爆裂火口と推定される馬蹄形の断崖が見られます。
 こうして車山を最高峰とする現在の霧ヶ峰連峰が、形成されましたが、諏訪地方にはこれ以後も、木曽御嶽山と乗鞍岳などの頻発する大噴火で噴出された灰が、偏西風に乗って、降り積もります。これがローム層と呼ばれる赤土の堆積層です。火山灰は何10万年も、それも無限の回数で積層され続けます。それが諏訪地方の現在の表土となりました。
 ところが火山の噴出物は、霧ヶ峰連邦の火山群の活動でもふれましたが、それぞれの各火山と各時期で鉱物の組成が異なります。それで鹿児島県の姶良火山(あいらかざん)の大噴火が、考古学の年代測定の重要な基準になるのです。2万2千年前の大噴火で、旧石器時代にあたります。当時、鹿児島の錦江湾に浮かぶ桜島の北部に姶良火山がありました。この姶良火山が歴史上類をみないほどの超巨大噴火を起こしました。噴火による噴出物(ガラス質火山灰)を現在、九州地区では「シラス」と呼んでいます。噴出物は鹿児島では10m以上の地層を形成します。これをシラス台地といいます。このときの噴出物は偏西風にのって全国に降り積もり、中国地方で20cm、関東でも10cm、北海道でも5mmほど確認されています。なお噴火は何年もかかったわけではなく、わずか、数日から数ヶ月の出来事で地質学的には、全国に分布している「シラス」の地層がその地方の地層の年代を測る目印になっています。
 姶良火山は当時の大噴火により陥没して姶良カルデラが形成され、姶良火山自体は消滅して今の錦江湾の湾奥部ができました。桜島はそのカルデラの南縁に1万年ほど前に成長した火山です。諏訪の各地でも降灰が認められました。この時代は氷河期4回目のピークで、人類の歴史上先土器時代・後期旧石器時代にあたります、道具は未熟な石器のみ、土器はようやく作られ始められました。火山灰の降下が多く、寒冷気候の厳しい時代でした。
 霧ヶ峰火山群は、白樺湖から美ヶ原に達するビーナスラインの通る車山・鷲ヶ峰・和田峠などの山々を創生しました。車山は霧ヶ峰火山群の最末期に噴出してできたもので、山頂南側の急崖は爆裂火口といわれます。
 八島湿原周辺の黒曜石の噴出年代は星ヶ塔のものが 130〜140万年前、和田峠のものは約85万年前と測定されています。また鷹山の黒耀石体験ミュージアムでは、星糞峠の黒耀石は、27万年前の噴火でできたとしています。
(2009.7.16[Thu])

霧ヶ峰の「強清水」
 霧ヶ峰の「強清水」は、霧ヶ峰自然保護センター周辺から、見晴らしが良い蛙原(げぇろっぱら)、思い出の丘に建つ霧鐘塔辺りまでを呼ぶと思います。霧鐘塔は、霧ヶ峰高原が濃霧に包まれる日に、鐘の音色を響かせてその位置を知らせてくれるハイカーたちの道標となる避難塔でもあります。霧のない日には、霧ヶ峰のシンボル的モニュメントとなり、散策の目印にもなります。標高1,684m、昭和34年に建設されました。
 霧ヶ峰の「強清水」の名の由来は、諏訪鉄平石を代表とする安山岩などのすき間から吹き出冷たい湧き水があったからでしょう。清水の下で、水を飲む時、水中に手を入れて、体を支えているうちに、その冷たさに耐えられず、1分間も我慢できなかった、そういうイメージが浮かび上がります。そして最もおいしい水の温度は、8〜14℃と言われています。その理由は体温より平均25℃程度水温の低い水が最適だからです。車山の場合、9.7℃で、常にこの条件を充たしています。すると、「強清水」とは地下水系で、恐らくは繋がっているでしょうから、「強清水」の湧き水も9.7℃で、冷たく美味しかったことでしょう。
 霧ヶ峰自然保護センターの北方に「留塚(1700m)」の地籍名が残っています。特に江戸時代から昭和30年前後まで、霧ヶ峰は、その東麓集落や西麓集落の刈敷、家萱、秣などの採草地でした。 未明、現在で言えば午前3時頃から、荷馬車を牽いて最短の山道である悪路を登って、ようやくたどり着き、飲んだ水が「強清水」であり、大鎌を振う重労働の合間の渇を癒してくれたのも「強清水」であったのです。その瞬間の感動を「こわい」と表現する方言は各地に散在する。また「留塚」は、その馬たちを留め休めた場所であったのでしょう。
(2009.7.15[Wed])

霧ヶ峰の日光キスゲ最新情報
 白樺湖から約15分、車山から8分位の霧ヶ峰の車山肩に咲く日光キスゲの現在の開花情報です。今週末ごろが最盛期でしょう。現在でも昨年を上回る咲き具合です。ここからは蓼科山、車山、八ヶ岳、南アルプスなどの山岳風景も楽しめます。車山肩の丘からは、北岳、仙丈岳の手前に、入笠山と並んで、諏訪大社の御神体守屋山も美しく眺められます。そして霧ヶ峰の日光キスゲは一面緑のじゅうたんの上に、可憐な黄色の花を、数えきれないほど豪華な群落となって展開してみせます。その先に穏やかな景観、八島湿原が望まれ、その後方、青空の下、美ヶ原の高原台地を仰ぎ見る事ができます。
 霧ヶ峰ここに発生する上昇気流は、グライダーの滑空に絶好ということで日本グライダーの発祥地となりました。強清水の霧鐘塔まで足を伸ばせば、グライダーの飛翔が見られます。その飛翔体の下、蛙原(げーろっぱら)の先に、富士山が見られる、感動的な光景に出合う事もできます。霧ヶ峰よりほどなく悠久の人類の歴史が眠る八島湿原があります。高山植物の宝庫八島湿原の下には、4万年を超える時代からの黒曜石採掘の遺跡群が潜んでいます。
(2009.7.14[Tue])

車山高原の現在の日光キスゲ
 車山、霧ヶ峰、八島湿原一帯、春から秋にかけてあちらこちらに天然のお花畑が出現します。車山湿原一帯では緑の季節、約800種類もの高山植物が咲き続けます。特に、ニッコウキスゲが黄色い絨毯を敷き詰めたように花開く7月は見応えがあります。
 今現在の車山は、日光キスゲの風景です。昨年より花数は多いです。鹿の食害も少ないようです。早春に若芽を食べられましたが、その後天気に恵まれ復活したようです。
 今現在、車山の中腹が満開ですから、駐車場からは、この風景は想像できません。車山展望リフトを利用するか、遊歩道を登って下さい。途中、白樺湖とその背景の蓼科山や八子ヶ峰の風景が美しいです。更に上に登れば、富士山を雲の下に見ることができます。
 八ヶ岳と南アルプスの麓、諏訪盆地が一望されます。諏訪大社の御神体・守屋山の姿も、神々しいです。
 車山のリゾートイン、レア・メモリーから車山展望リフト迄、徒歩4分です。
2009.7.11[Sat]

ピラタス蓼科ロープウエイ
 ピラタス蓼科ロープウエイは、長野県のほぼ中央に位置する八ヶ岳連峰にあります。この北八ヶ岳エリアの北端に位置する北横岳(標高2,472m)と縞枯山(標高2,403m)の鞍部にかかるロープウエイです。
 出発する山麓駅の標高は1,771m、山頂駅の標高は2,237m、その標高差466m・総延長2,215mを結んでいます。ロープウエイは通年運行しており、夏期は観光や登山・ハイキング、冬季はスキー・スノーボードで賑わっています。
 山頂駅周辺の坪庭は八ヶ岳最後の噴火で出来た溶岩台地で、地形の形状がすり鉢状になっています。溶岩がむき出しの岩場に長い年月をかけて植物が少しずつ回復しつつある状態です。土壌が乏しい岩間から咲き誇る高山植物たちは、可憐ではかなげですが、優しげで美しいのです。今時分は薄いピンクや濃いピンクのコイワカガミや純白の総苞が花のように見えるゴゼンタチバナが競うように咲き乱れています。
ゴゼンタチバナの花弁のように見えるのが、ヤマボウシと同様に総苞片であり、中心に小さな花がたくさん集まっています。「御前橘」の由来は、石川県の白山で発見されたことから白山の最高峰の名「御前岳」からつけれ、また果実の形が橘に似ていることによります。
(2009.7.2[Thu])

八島湿原
八島湿原で一番大きい八島ケ池は、東西800m、南北1,000mに及ぶ広大な高層湿原です。八島池は島の数が多いことから七島八島とも呼ばれています。
 250種類余りの高山植物、湿原植物が群生しています。湿原をとりまく木道やハイキングコースでは、色鮮やかな花々を間近で見ることができます。また、秋の草紅葉も素晴らしく、草原ならではのコントラストが鮮やかです。
 八島ケ池の奥に、小川ように流れるのが鬼ケ泉水、その後方の池が、鎌ケ池です。年間平均気温は 5.8℃です。そのため夏の7、8月は多くの花々が一斉に咲き、色とりどりの花を見ることができます。特に、湿原の周囲の草原は、亜高山(標高 1500m〜2000m)性植物の宝庫となっています。
 ツルコケモモ、キリガミネヒオウギアヤメ、アカバナシモツケなどです。モウセンゴケは7月に咲く食虫植物です。ねばねばの繊毛で虫を取ります。
 八島湿原には1万2千年の生成年齢が認められます。しかし、この地では、3万年を超える以前から、人々が黒曜石の採掘と加工に励んでいました。氷河期からの八島湿原遺跡群が、散在しています。
(2009.7.1[Wed])

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